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日本の口蹄疫消毒薬殺処分

2015

口蹄疫殺処分における消毒薬使用の廃止、麻酔薬導入の要望

口蹄疫殺処分における消毒薬使用の廃止、麻酔薬導入の要望

 

平成27年12月3日

内閣総理大臣 安倍晋三  殿

農林水産大臣 森山 裕  殿

環境  大臣 丸山珠代  殿

厚生労働大臣 塩崎恭久  殿

都道府県知事       殿

公益社団法人 日本獣医師会

    会長 藏内勇夫  殿

公益社団法人 日本獣医学会

   理事長 中山裕之  殿

 

要望団体

太郎の友

北海道動物保護協会

一般財団法人日本熊森協会

生命体虐待防止フォーラム (Voice For Animals.韓国)

プラーナ

PEACE〜命の搾取ではなく尊厳を

NPO法人アニマルライツセンター

動物たちと共に W.A.A..

アニマルライツフォージャパン(Animal Rights for JAPAN.オランダ)

あしたへの選択 Choices for Tomorrow (CFT)米国

いきもの多様性研究所

公益財団法人動物環境・福祉協会Eva

 

要望項目
 

  1. 国及び地方自治体並びに日本獣医師会、日本獣医学会は、動物の殺処分に際し、パコマ消毒薬殺処分方法を廃止し、国際規約に従って麻酔薬安楽死方法を導入すること。

  2. 農林水産省消費安全局及び地方自治体は、今後もパコマ消毒薬の使用を予定する場合は、[モノ、ビス(塩化トリメチルアンモニウムメチレン)]ーアルキル(C9-15)トルエンに麻酔作用があり、クラーレ様作用、溶血作用、蛋白凝固作用がはじまる前に動物が深麻酔状態に至り、かつ投与に際して苦痛がないことを科学的に証明すること。

  3. 農林水産省、環境省、厚生労働省及び地方自治体は、相互に協力し緊急時に麻酔薬が不足しないよう製薬会社・日本獣医師会に協力を依頼し、麻酔薬を準備・備蓄する体制を早急に整えること。

  4. 国及び地方自治体は、炭酸ガス殺・電殺方法の動物福祉上の問題点を科学的に検証し、動物が苦しまない方法へ改善すること。

  5. 国及び地方自治体は口蹄疫防疫マニュアルにおいて、OIE国際獣疫事務局 陸生動物衛生規約、AVMA米国獣医学会ガイドライン等の国際規約に準拠する適切な安楽死方法を記載し、不適切な安楽死方法を明記すること。

  6. 国及び都道府県は口蹄疫防疫作業において、安楽死に関する動物福祉上の専門的知識を有する専門職を現場毎に配置すること、またその実働演習を実施すること。

  7. 国及び地方自治体は、動物の殺処分に関し、国民がその方法を実施前に確認できるよう、また実施後に検証できるよう制度を整えること。


以上お願い申し上げます。

 

要望の理由

 

パコマ消毒薬殺処分方法について

 

 現在各自治体において次回の口蹄疫発生に備えて2010年宮崎県で使用されたパコマ消毒薬殺処分方法がマニュアルにおいて想定されています。しかしパコマ消毒薬殺処分方法は日本国も署名するOIE国際獣疫事務局「陸生動物衛生規約」及びAVMA米国獣医学会「安楽死に関するガイドライン」において適切な安楽死方法と認められておりません。

 

福島県ペントバルビタール麻酔薬を用いた安楽死方法

 2011年福島原発災害における内部被爆家畜・放置家畜殺処分に関しては、原子力災害対策本部長(内閣総理大臣)から福島県知事に対して、OIEおよびAVMAの基準に従って動物を苦しめない安楽死方法としてペントバルビタールを用いた安楽死方法が指示されており、農林水産省畜産振興課及び福島県が実施しています。

 

福島原発災害における内部被爆家畜・放置家畜に実施されたとされる内閣総理大臣指示安楽死方法

(福島県畜産課、農林水産省畜産振興課への太郎の友2015年聴き取り)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 実施者である福島県担当課への聴き取りでは、パコマからペントバルビタールに変更した場合、(パコマ殺処分の経験はないが)作業手順・時間が同じであれば不都合は想定できないとしています。現時点では我が国がOIE規約、AVMAガイドラインに適合していると認める方法は、この致死薬剤投与前に完全に意識を消失させる麻酔薬投与による方法以外ありません。

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2010年 宮崎県口蹄疫殺処分方法

 2010年宮崎県口蹄疫殺処分方法では明確なOIE規約違反と見られる麻酔薬・鎮静剤を省いた消毒薬投与、炭酸ガス殺、電殺などがあり、そのため様々な悲惨な状況が生じています。

 

2010年宮崎県口蹄疫殺処分方法

(2010年太郎の友調べ。実際には様々な形態が採られた。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 宮崎県口蹄疫殺処分では「作業者の安全」を考慮して鎮静剤投与がなされています。そのため取扱いに危害が及ばない子牛、子豚に対しては「鎮静剤投与の必要がない」という考え方で処置が実施されています。しかしOIE国際獣疫事務局 陸生動物衛生規約では安楽死処置の考え方について、殺処分においては(いかなる場合も)動物に不安、疲労、肉体的苦痛、精神的苦痛をもたらしてはならないとし、実施者は、動物が死に至るまで動物福祉を保証しなければならない、としています。

 

OIE国際獣疫事務局 陸生動物衛生規約 CHAPTER 7.6. (第7.6章) 「防疫目的の動物の殺処分」

【Article 7.6.1. (7.6.1条) 一般原則

 これらの推奨は、動物を殺処分することが決定された場合を前提に、その動物が死にいたるまで動物福祉を保証する必要性を述べる。

6、動物が防疫目的で殺処分される場合、用いられる方法は、即死もしくは即時の意識喪失状態のまま死ぬという結果になるべきである。意識喪失が瞬間的に起きない場合、意識喪失への誘導は、嫌悪を起こさせない,あるいは動物の嫌悪が出来る限り最小限に押さえられるものであるべきである。動物に避けられるべき不安、肉体的苦痛、疲労や精神的苦痛をもたらしてはならない。

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 農林水産省は「口蹄疫に関する防疫作業マニュアル~口蹄疫の感染拡大を防ぐために~」平成23年10月農林水産省消費・安全局動物衛生課作成で、薬殺薬剤ーパコマ消毒薬を指定していないとしています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また平成23年農林水産大臣公表「口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針」第6は「鎮静剤又は麻酔剤を使用するなど、可能な限り動物福祉の観点からの配慮を行う。」としています。それにも拘らず国の防疫作業マニュアル事前調査票「必要資材」には「麻酔剤」がなく、殺処分用薬剤○○○は明らかにパコマを指しています。

 また今日の都道府県防疫作業マニュアル及び都道府県担当課は次回の口蹄疫発生に備えてパコマ消毒薬(逆性石鹼液)の使用を予定しています。

 

自治体防疫作業マニュアルの例 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 農林水産省は本年10月16日の照会に対して、今後の殺処分方法を「最終的にはどのような処分の方法を採用するのか、また、どのような薬剤を使用するのかについては、口蹄疫という極めて伝播力が強い疾病であることを踏まえ、処分の対象となる家畜をできるだけ少なくするためにも迅速な対応が求められることから、その発生の状況に応じて判断されることとなります。」と回答しています。しかしすでに示したように薬殺に関してはパコマ消毒薬を用いる場合も、麻酔薬を用いる場合も手順・時間は同一であり「迅速さが求められる作業に支障を来す」ことはありません。

 OIE規約は次のように述べています。

 

OIE国際獣疫事務局 陸生動物衛生規約 第7.1章「動物福祉のための推奨への導入」

 動物福祉とは、どのように一匹/頭の動物がその動物が生きている条件に対処しているかを意味する。もし(科学的に証明されるように)その動物が健康で、機嫌よく、充分に栄養も与えられて、安全な(環境を確保されて)、生まれ持った行動をとる事ができるなら、そしてもしその動物が苦痛、恐怖、疲れなど好ましからざる状態に苦しんでいないなら、動物は福祉の良い状態にいるといえる。良い動物福祉には、病気の予防、獣医による治療、適切な小屋、運営、栄養、人道にかなった取り扱い,無痛屠殺/殺処分が必要になる。動物福祉はその動物の状態に注目させる;一匹の動物が受ける取り扱いは動物養護、畜産学、人道的取り扱いと言った観点から見た取り扱いも含まれる。

 

 OIE規約は動物を殺処分する場合、明確に無痛屠殺/無痛殺処分が科学的に立証される必要があることを述べています。特に重要なのは、先の【一般原則】と合わせ、殺処分実施者が殺処分方法の無痛性を保証・立証する責任があることを示している点です。

 しかしながら逆性石鹼の一種、界面活性剤であるパコマ殺ウィルス・殺菌消毒剤、18L製品100ml中【組成:[モノ、ビス(塩化トリメチルアンモニウムメチレン)]ーアルキル(C9-15)トルエン(50%溶液)20g含有】の毒性について日本中毒情報センターは以下のように公表しています。

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日本中毒情報センター パコマ消毒薬の毒性

 逆性石鹸という言葉は、一般に広く利用されている石鹸との対比から名付けられたもので、通常の石鹸(普通石鹸)が水に溶けると脂肪酸陰イオンになるのに対して、逆性石鹸は水中で陽イオンになる。このため陽性石鹸、陽イオン性界面活性剤とも呼ばれる

●成分・組成

殺菌剤

  • パコマ(R):[モノ、ビス(塩化トリメチルアンモニウムメチレン)]-アルキル (C9-15)トルエン(50%溶液)を100ml中20g含有(製品中成分10%) 10)

  • パコマL(R): [モノ、ビス(塩化トリメチルアンモニウムメチレン)]-アルキル(C9-15)トルエン(50%溶液)を100ml中20g含有(製品中成分10%) 10)

  • パコマ200(R):[モノ、ビス(塩化トリメチルアンモニウムメチレン)]-アルキル(C9-15)トルエン(50%溶液)を100ml中40g含有(製品中成分20%) 10)

  • パコマ300(R): [モノ、ビス(塩化トリメチルアンモニウムメチレン)]-アルキル(C9-15)トルエン(50%溶液)を100ml中60g含有(製品中成分30%) 11)

●毒性

界面活性剤一般として

静注による毒性のほうが、経口よりはるかに高い。界面活性剤の毒性はとくに、局所作用は濃度に依存していて、高濃度では症状は激しいが、低濃度では症状はほとんど見られない。従って、毒性値だけでは毒作用の程度は判断できない。毒性値が低くても、 高濃度のものは相当危険と思わなければならない。

 ●中毒学的薬理作用

陽イオン系界面活性剤として蛋白凝固作用が強い。高濃度では強い腐蝕作用をもつ。全身作用として、溶血作用、神経筋接合部におけるクラーレ様作用。動物では抗コリンエステラーゼ作用も報告されている

ただし、経口中毒のときこれらの全身作用は普通ではほとんど現れないと考えてよい。

 ●界面活性剤一般として

主に皮膚や粘膜の刺激作用ないし、腐蝕作用による局所作用が主である。

 ◆経口の場合

粘膜刺激作用(消化管刺激、腐蝕作用)による嘔吐、下痢、腸管浮腫、消化管出血、麻痺性イレウス、Hypovolemia、血管透過性亢進・細胞膨化による全身浮腫、肺水腫、心機能低下、全末梢血管抵抗の減弱、中枢神経障害

◆静注の場合

溶血作用

作用機序は不明であるが、一般的には、界面活性剤の赤血球膜への吸着により表面張力が低下し、さらに界面活性剤がコレステロールーリン脂質ーリポタンパク質の複合体と結合し細胞膜の変性が起こり、細胞膜の透過性が高まり、次第に細胞膜の崩壊が進む説、赤血球膜からのリン脂質やコレステロールの溶出による膜構造の変化によるという説、赤血球膜タンパク質の変性説、細胞膜を等かして赤血球内に入った界面活性剤 が、糖脂質の一部を細胞膜外に溶出するために起こる説などがある。

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パコマ消毒薬の使用は国際法に反している

 日本の動物保護法、OIE国際獣疫事務局の規定では安楽死の要件として痛み・苦しみ・不安を与えず、致死に際してかつ致死に至る過程で意識が喪失(消失)していることが挙げられています。しかしパコマ消毒薬には静脈注射による強い毒性が認められ、溶血作用、神経筋接合部におけるクラーレ様作用、抗コリンエステラーゼ作用が報告されています。従って単体でパコマ消毒薬を用いる場合には「毒薬として苦痛をもたらす致死剤である」ということができます。

 京都産業大学総合生命科学部松本研究室では安楽死に適さない注射剤として「ストリキニーネ、ニコチン、カフェイン、硫酸マグネシウム、塩化カリウム、洗剤、溶剤、消毒剤と他の毒性や塩、及び全ての神経筋遮断薬は、安楽死に単独で用いてはならない。」と規定しています。

 上記、神経筋接合部におけるクラーレ様作用とは、全身骨格筋の抑制作用により目・耳・足指(短筋)→四肢の筋→頚筋→呼吸筋の順に麻痺し窒息死する作用であり、北米の科学者の集まりであるScientists Center for Animal Welfare (SCAW)により苦痛分類のカテゴリーE(麻酔していない意識のある動物を用いて、動物が耐えることのできる最大の痛み、あるいはそれ以上の痛みを与えるような処置)に位置付けられています。SCAWでは「カテゴリーEの実験は,それによって得られる結果が重要なものであっても、決して行ってはならない。」としています。

SCAW苦痛分類のカテゴリーE

 麻酔していない意識のある動物を用いて,動物が耐えることのできる最大の痛み,あるいはそれ以上の痛みを与えるような処置。

  手術する際に麻酔薬を使わず,単に動物を動かなくすることを目的として筋弛緩薬あるいは麻痺性薬剤,例えばサクシニルコリンあるいはその他のクラーレ様作用を持つ薬剤を使うこと(解説19)。麻酔していない動物に重度の火傷や外傷をひきおこすこと(解説20)。精神病のような行動をおこさせること(解説21)。家庭用の電子レンジあるいはストリキニーネを用いて殺すこと(解説22)。避けることのできない重度のストレスを与えること。ストレスを与えて殺すこと(解説23)。カテゴリーEの実験は,それによって得られる結果が重要なものであっても,決して行ってはならない。カテゴリーEに属する大部分の処置は,国の方針によって禁止されており,したがって,これを行った場合は,国からの研究費は没収され,そして(または)その研究施設の農務省への登録は取り消されることがある(解説24)。

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 同様に日本の国立大学動物実験施設協議会「動物実験処置の苦痛分類に関する解説」の中で、筋弛緩薬あるいは麻痺性薬剤,例えばサクシニルコリンあるいはその他のクラーレ様作用を持つ薬剤の使用に関して「全身麻酔などの適切な処置が施されていなければ使用してはならない。筋弛緩薬だけを用いて動物を不動化することは認められない。これらの薬剤が麻酔薬と併用して使用される場合には,麻酔の深度が適切に保たれるように注意しなければならない。」としています。

 米国獣医学会AVMAによる「安楽死に関するガイドライン2007」では、神経筋遮断薬について「単独で用いた場合、意識を消失する前に呼吸を抑制する。そのため運動能力を消失後に動物は疼痛及び苦痛を感じる。」として不適切な安楽死の手段としています。また第4級アンモニウム塩であり家庭用薬剤であるパコマ消毒薬を用いることについて「家庭用薬剤と溶剤」のカテゴリーにおいて不適切な安楽死の手段と明記しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 AVMAは「不適切な安楽死の方法」について、ガイドライン序文で「いかなる条件下でも人道的な死にいたらしめ得ない方法と委員会で判断した方法である。」と述べています。(ガイドラインでは他に、単独では安楽死に用いることはできないが、他の方法との併用により人道的な死に至らしめる併用可能な方法についても解説しています。)

 日本国内ではすでに1980年の段階で内閣官房管理室監修「実験動物の飼養及び保管等に関する基準の解説」において、クラーレ様作用を持つ薬剤の使用に関して「サクシニールコリンクロライドのような筋弛緩剤を用いることは、動物が眠るように倒れるけれども、意識消失を伴っていないので不適当である。」と規定しています。現在の日本の国内法である「動物の愛護及び管理に関する法律」に基づく告示第105号「動物の殺処分方法に関する指針」では動物の殺処分時の基準として「当該動物を意識の喪失状態にし、心機能又は肺機能を非可逆的に停止させる方法による」と明確に示しています。

 以上のことから、またSCAWの規定から、パコマ消毒薬は単独で用いることが禁じられている薬剤であり、またOIE規約が殺処分実施者に求める「無痛殺処分の立証」の手段である動物実験においてすでに用いることが禁止されている薬剤であり、このことからOIE規約が定める無痛殺処分の保証が不可能であることがすでに証明されている薬剤であると言うことができます。

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パコマ消毒薬に麻酔作用は含まれていない

 日獣会誌63 606~607 (2010)の中で、(元JICA専門家) 淺沼健太氏は宮崎県口蹄疫殺処分の手順、パコマ消毒薬の性質について次のように紹介しています。

 

日本獣医師会による口蹄疫現地防疫業務支援のための獣医師派遣に参加して 

1)牛に対する処置

運ばれてきた牛は暴れるものはセラクタール 4 ~ 8ml の筋注(16G)で前麻酔して係留し、暴れないものは係留後、同様にして前麻酔する。

 前麻酔が効いていることと牛が転倒しても避けられる距離があることを確認後、30mlシリンジ(16G)でパコマを90~120ml頸静脈注射する。パコマが効いてくると振顫が起こり始めるので危険防止のため一旦注射を中断して牛が転倒しても蹴られない距離に避難し、様子を見て蘇生しそうなら追加注入する。

牛の死亡を確認後搬出作業員に搬出・埋却を指示する。

 なお、塩化カリでなくパコマを使用するのは、塩化カリでは心筋に作用する際に全身の硬直が起こり施術者にとって危険性が高いが、パコマではその主成分の〔モノ・ビス(塩化トリメチルアンモニウムメチレン)〕アルキルが陽イオン系界面活性剤であるので静脈注射すると、クラーレ様作用により筋弛緩剤として作用する他,、そのタンパク凝固作用により栓塞を惹起する。また溶媒がトルエンの50%製剤であるのでトルエンの中枢神経抑制作用で強力な麻酔作用が起こり、この溶媒との相乗効果で速やかに個体を安楽死せしめると考えられるからである。

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 従来パコマ消毒薬にはその組成名から有機溶剤であるトルエンが含まれていると広く信じられてきました。しかしながら製造会社への聴き取りでは、パコマ消毒薬に有機溶剤としてのトルエンは含まれていないということであり、従って麻酔作用がないことが判ってきました。

 パコマ消毒薬の製品安全データシートでの化学名有効成分名は【[モノ、ビス(塩化トリメチルアンモニウムメチレン)]-アルキル (C9-15)トルエン水溶液(50%溶液)】であり、製造会社によると成分の80%(100ml中80ml)は水であり、残りの20%の内、50%(全体の10%100ml中10ml)が精製水、残りの50%(全体の10%100ml中10g)が有効成分としています。有効成分[モノ、ビス(塩化トリメチルアンモニウムメチレン)]-アルキル (C9-15)トルエンはこの化学名全体が単体物質の逆性石鹼で、有機溶剤トルエンとは異なるとしています。

 日本中毒情報センターが公表する毒性に関しても、トルエンには「麻酔作用」が記されているのに対して、パコマについては名前を挙げた上で麻酔作用が記されていません。パコマにトルエンが含まれている場合は「麻酔作用」が記されているはずです。

 製品安全データシートでは、トルエンが危険有害性の分類で「引火性液体」「特定標的臓器毒性,単回ばく露 区分1(中枢神経系) 区分3(麻酔作用)」となっているのに対して、パコマにはトルエンが持つ危険有害性が記されていません。パコマにトルエンが含まれている場合は「引火性液体」「麻酔作用」が記されているはずです。従って製品安全データシート、日本中毒情報センター両データからパコマには「麻酔作用」が存在しないことが証明されています。

 以上のことからパコマ消毒薬には麻酔薬同様の意識消失作用はなく、投与によって動物が著しく苦しみ、OIE衛生規約、AVMAガイドラインで使用が禁止されている薬剤であると言えます。

 また有機溶剤トルエンは消毒薬同様AVMAガイドラインですでに使用が禁止されており、有機溶剤の含有は「その製品を使用してはならない」という理由にはなっても、麻酔作用が含まれているから安楽死剤だと見なす理由にはなりません。問題は、麻酔作用が「動物を苦しめるその他の作用」の前に完全に作用しているかどうかです。

 農林水産省動物衛生課と地方自治体が今後もこのパコマ消毒薬を使用したい場合は、[モノ、ビス(塩化トリメチルアンモニウムメチレン)]ーアルキル(C9-15)トルエンに麻酔作用もしくは瞬時に意識を消失させる作用があり、クラーレ様作用、溶血作用、蛋白凝固作用がはじまる前に動物が深麻酔状態もしくは意識消失状態に至り、かつ投与に際して痛みがないことを証明しなければなりません。

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適切な安楽死方法

 日本の国内法、OIE衛生規約、AVMA米国獣医学会ガイドラインに適合する安楽死方法について、AVMA、OIEは麻酔薬投与方法を挙げて次のように述べています。

 

シカゴ大学の動物実験委員会とAVMA米国獣医学会の安楽死に関する委員会が推奨する方法 2000年版

 Euthanasia(安楽死)とはギリシャ語のeu(good、よい)とthanatos(death、死)から由来しており、苦痛なく生を終わらせることである。苦痛のない死の条件とは急速な意識の消失後に心臓の停止、呼吸器の停止を起こすことである。別の条件としては、感情を持っている実験動物を殺すときに、実施者が不快感をもたない方法であり、死後に採取する組織やサンプルに変性がない方法である。

バルビツール酸誘導体

バルビツール酸誘導体としてはペントバルビタール・ナトリウムが安楽死のために最も使われている。バルビツールには中枢神経を抑制する作用があり、意識消失、深麻酔、無呼吸、心臓停止に至る。安楽死のための量は麻酔のために使われる量の少なくとも2倍(120mg/kg)である。濃縮した製品が入手可能で、安楽死のために推奨できる。

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OIE国際獣疫事務局 陸生動物衛生規約 Article 7.6.15. (7.6.15条)

薬殺

1. 序論

多量の麻酔薬と鎮静薬を使用した薬殺は、中枢神経の機能低下,意識喪失に引き続き、 死をもたらす。実際には、その他の薬剤と組み合わせてバルビツレート麻酔薬が一般的に使用される。

2. 効果的に使用するための必要条件

• 薬剤の量、どこへ注入するかは、速やかに意識を喪失させ、死に至らしめる事を達成するために決められるべきである。

• 動物によっては鎮静薬を先に注入する必要がある。

• 静脈注射が適当だか、薬剤に刺激性がない場合には腹腔内または筋肉内への注射が適切である。

• 動物は注入が効果的に行われるよう押さえられている事。

• 動物は脳幹反射がなくなる事をモニターで確認される事。

3. 長所

• この方法は総ての動物に適応できる。

• この方法による死は安らかである。

4. 短所

• 注射する前に動物をしっかり押さえるか、鎮静薬が必要になる事がありうる。

• 併用する薬剤の種類、あるいはどこに注入するかによっては動物に苦痛を与える、その場合は意識を喪失した動物だけに使用すべきである。

• 法的必要条件、技術習得の規定がある場合は獣医が行う 

• 病原菌に汚染された死骸は他の野生動物や家畜に伝染する危険性がある。

5. 結論

この方法は少量の牛、羊、山羊、豚、鶏を殺すのに適している。

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直ちに麻酔薬を準備・備蓄すべき

 ペントバルビタールの市販剤の販売会社は、緊急時に短期間でこの麻酔剤が供給できる本数は国内在庫のみの3000本(100ml/1本)、福島県使用量から換算すると300Kgの牛で約3000頭分、又は50Kgの豚で約18000頭分、その後輸入許可を得るのに2ヶ月かかるとしています。宮崎県口蹄疫では牛豚約30万頭が殺処分されており、初動が遅れたことを考慮してもあまりにも少ない供給量です。しかし準備を怠った上で、緊急時に「入手できないために消毒薬の投与もやむを得ない」とすることに正当性はありません。口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針(平成27年11月20日農林水産大臣公表)第2、発生の予防及び発生時に備えた事前の準備、1農林水産省の取組ではワクチン、抗ウイルス資材について「周辺国で分離されたウイルスに対して有効なワクチンに関する情報を収集した上で、必要な事態になったときに活用できる可能性の高いワクチンを検討し、必要十分な量を備蓄する。」「豚に感染した場合に排出されるウイルス量を軽減する抗ウイルス資材についても、必要十分な量を備蓄する。」「農林水産省は、と殺が完了するまで投与できる量の抗ウイルス資材を確保する。」と明記しているのに対して、麻酔剤には何も触れないとすれば、それは意図的に準備を回避していると見なすことができます。ただちにペントバルビタール及びそれに代わる麻酔薬の準備を始め、指針に充分な量の麻酔剤を準備することを明記し、緊急時に不足する恐れがある場合は備蓄体制を整える必要があります。

 ベントバルビタールの販売会社はほかに、ペントバルビタールは現在日本向けにしか製造されておらず、年間の流通量も約1万本程度としています。宮崎県口蹄疫での殺処分数は牛69454頭、豚227949頭、その他山羊、羊、イノシシ、水牛合わせて405頭であり、すべてをペントバルビタール、平均牛100ml/1頭、豚15ml/1頭使用で換算すると、およそ牛7万本、豚3万本が必要になります。直ちにペントバルビタールの備蓄とそれに代わる麻酔薬の備蓄を決定する必要があります。国が製薬会社に協力を依頼し責任を持って備蓄するか、47都道府県が相互に協力して備蓄を分担することが求められます。

 備蓄された麻酔薬の使用期限の問題については、口蹄疫以外でも本来麻酔薬を使用しなければならない殺処分が、毎年35万頭の野生動物の有害駆除殺処分、狩猟の名を借りた35万頭の野生動物の有害駆除殺処分、年間6万頭に上る外来生物法による哺乳類の殺処分、年間12万匹(平成25年)に達する犬猫の殺処分、殺処分数さえ不明な民間殺処分などがあり、農林水産省、環境省、厚生労働省、地方自治体が法令遵守を尊重する意思さえあれば、使用期限の短いものから使用していくことにより解決できる問題です。

 AVMA米国獣医学会は次のように述べています。「AVMAは、いかなる理由であれ動物を死亡させる時には、可能なかぎり疼痛を伴うことなく、かつ素早く実施することが肝要であるとの概念を明記する。この問題に言及する必要がある獣医師に対して、有用なガイドラインを設定することがわれわれの使命であり、これらのガイドラインがすべての動物関係者に良心的に用いられることを切に願うものである。」

 

 以上のことから、パコマ消毒薬による殺処分は、日本国も署名するOIE規約に反し、AVMA及びSCAW等の国際ガイドラインに反し、虐待に対して刑事罰が定められている日本の国内法「動物の愛護及び管理に関する法律」に反していることから、国及び都道府県はパコマ消毒薬の使用を廃止し、国の防疫マニュアルにおいてOIE規約、AVMAガイドラインに準拠する適切な安楽死方法を明記し、都道府県は防疫マニュアルを改訂し、国民が安楽死方法の確認と検証を行えるよう制度を整え、国及び都道府県は緊急時に麻酔薬が不足しない体制を早急に整えることをお願い申し上げます。

 

以上「パコマ消毒薬殺処分方法について」

 

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炭酸ガス殺処分、電殺機による殺処分及び動物の取扱に関する問題について

 

 炭酸ガスを用いる方法、電殺機を用いる方法では、処置時に苦しむ事例、処置後に生き返る事例、生きたまま埋設穴に落とされ圧死する事例、鎮静剤を省きパニックになって暴れる事例、そのために子豚が成豚の下敷きになって圧死する事例、子豚と成豚では炭酸ガスによる意識消失達成時間が異なること、子豚は致死までに長時間かかることが考慮されていない事例、注射技術の不足によって苦痛を受ける事例など、動物福祉上の意識不足・知識不足・技術不足に起因する不適切な取扱いによって生ずる、農家あるいは一般の人々が当然のように予想する麻酔薬による眠るように亡くなる安楽な殺処分方法とは異なる悲惨な事例が畜産農家によって報告されています。

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殺処分の様子は、本当に地獄絵図のようだった。 

獣医さん達が来て、一頭一頭、注射で眠らせてその後に、 さらに注射で安楽死させると思っていた。

 

「何十人と獣医師が来たけどよ。かき集められた経験の浅い獣医師たちは、 母豚を怖がってまともに注射も打てんちゃが 

急所は首筋の血管なのによ、柵の外から身を乗り出して、お尻に打とうとするわ、バカじゃねーか!豚だって生きちょっし痛いから、ひょいとお尻を動かして逃げるわな。 

しょうがねーかいよ、俺が柵に入って豚の首をガシって押さえつけてやる始末。 

危険やっちゃけど仕方ないわ 

首筋に注射を打つやり方を教えたっちゃけど、ダメじゃわ・・・ 

もう、豚の首は、突き刺した注射のあとだらけ、痛々しいわ。豚はギャーギャー暴れるわ 

ちくしょーーちくしょーーー!もっと安らかに死なせてやってくれよ。 

獣医師の免許をもっちょる奴しか、殺したらいかんかいよ。手がだせん・・・ 

かわいそうでよ 

もちろん、ベテランの奴は上手いし、早いわぁ。 

でもな、みんな目に涙を浮かべながらも作業してくれてるんよ。

 

ある程度の大きさの奴は、電気で殺すっちゃわぁ 
でっかい火ばさみみたいな物で、まず頭を挟んでな、スイッチを入れると高圧電流が流れ、失神する。 
そしてそのあとに、胸の所を挟んで、心臓に電流を流すとガタガタガタとしびれて心臓を止めて殺すど・・・かわいそうやんけ。 
さっきまで、元気で、震えて泣きよったやつが。突然静かに死体となるんよ。 
たださ、時々、その動かなくなった豚を運んでたり、穴の中に落とした時に、生き返って動き出すやつがおるんよ。気絶してただけなんやろうな。哀れでなぁ、また殺さにゃいかん・・・。 
まだまだ元気な奴らはさ、どんどん穴ん中に落としていく、みんなで板を使って追いやって穴に落としていく。 
一番下に落とされた豚たちは、熱と重さで圧死ししていくけどよ。後から後から落とされた豚は、どんどんジャンプして穴から必死に飛び出ようとするんよ。 
その生きようとする動物の必死さにまた泣けてくっちゃがぁ(TへT) 
その上からブルーシートをかぶせてよ、コンパネの板を上において、飛び出してこんように、俺たち人間が上に乗るっちゃわぁ・・・ 
それでん、下から・・ドンっ!ドンっ!て必死にぶつかってくっとよ。 
ブルーシートの隙間からホースを入れて、中にガスを流し込むんよ・・・ 
すると、だんだん静かになってきてよ、しばらくするとシーンとなるんよ(T-T) 
ちくしょーーーーーーー!」

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 酪農学園大学獣医学群、蒔田浩平「2010年宮崎口蹄疫」-地域獣医師と被災農家が感じていたこと-では、炭酸ガス殺処分の悲惨な状況、注射技術が不足している状況、殺処分の方法を農家が心配している状況、獣医師が殺処分方法によりストレスを感じている状況が記されています。

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 ある飛び地では、発生中心地で殺処分を実施している臨床獣医師を防疫上派遣できないため、家畜の扱いになれていない自治体職員は日齢や月齢の違いによって極端な体重差がある豚を混ぜてトラック荷台に載せ、ビニールシートを被せ炭酸ガスを注入した。炭酸ガスによる殺処分は「安楽死」とされるが苦しむ豚の鳴き声はひどく、この際多くの幼若豚が事実上暴れる母豚の体重で圧死した。この農場の夫婦は、後にNOSAI が殺処分に入った農場では鎮静剤で導入した後に安楽殺を施していたことを知り、自分の農場で起きたことが特別に悲惨なでき事であったことを知ったため、そのショックで泣き崩れてしまった。この農場では、以後経営が再開されていない。

 

今回の口蹄疫における殺処分では、増え続ける殺処分残頭数に対応するため全国から獣医師を集め、殺処分現場に投入した。その際、注射技術が高くない獣医師で構成されたチームが作業した場合処分に時間がかかり農家にはストレスになった。

 

農家から口蹄疫の発生を伝える電話がかかると、返す言葉がなかった。発生の拡大期には獣医師は農家から、殺処分の方法を教えて欲しいとか、発生からバタバタ子豚が死ぬからどうすれば良いかという問い合わせの電話を受けた。

 

第4週には殺処分の方法が確立され、4日に一度休暇を取る作業シフトも確立された。しかしながら、爆発的な発生拡大は続き、毎日自分たちが殺処分した数の農場より多くの農場で新たな発生があったのでモチベーションが下がり、精神的ストレスは高く維持された(3.4)。 肉体的ストレスも、シフトは導入されたが2.6に上昇した。この頃、肉体、精神ともに疲労が高まり、あまり眠れず、悪夢を見るような状態であった。例えば、獣医師同士が埋却用の穴の中で、どの方法が最も安楽殺に適しているか話し合った後、泣きながらお互いに殺処分しあう夢などを見た。

 

殺処分は、動物の中でも幼若なもの、哺乳豚と子牛の殺処分が辛かった。奥様が懐妊しているある獣医師は、妊娠豚の安楽殺の際、母豚は息を引き取ったのに、体内で胎子がもがく様子を見て、注射器が握れなくなり、翌日から現場を離れた。

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 炭酸ガス殺処分では様々な見解や証言があり、農水省も検証を行っていません。しかし犬猫の殺処分で用いられる炭酸ガス殺処分機による処分では酸欠により動物が著しく苦しむことがよく知られています。

 都道府県の防疫マニュアルでは炭酸ガス殺処分方法について、薬殺より効率よく大量に処分でき、また「難易度が低い、獣医師でなくても可能」とし、国の指針「口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針」第6ではこの方法を特に推奨しています。 

 

自治体防疫マニュアルより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしこの難易度が低く専門職が必要ないとする認識自体が悲惨な結果を招いている原因の一つであるように思われます。

 東北大学における動物実験等に関する規程とその解説第11版 補遺8 実験動物の安楽死処置法で示される炭酸ガス安楽死方法は極めて複雑であり、濃度によって「意識喪失前に空気の濃度が減っていくにつれて呼吸困難をまねく」酸欠状態に陥る危険があることを指摘しています。

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 炭酸ガスには麻酔作用があり、まず意識消失が起こり、ついで無意識下で酸素欠乏により死亡する。この時、チャンバー中の炭酸ガス濃度をどのような状態にすべきかについては、動物福祉の観点から多くの議論があり、完全な結論は得られていない。つまり、最初から高濃度(50~100%)にしておくと、動物を曝した時に、動物は意識が消失する前の少なくとも10から5秒間、苦痛を感じている可能性がある。一方、濃度を徐々に上げていくと 意識喪失前に空気の濃度が減っていくにつれて呼吸困難をまねく。このため、炭酸ガスと同時に酸素を加えるなどの対策が考えられるが、この事により意識喪失までの時間が長引くなどの問題が起こり、十分な解決策は得られていない。

ここでは、暫定方法として安楽死専用容器内に動物を入れ、「炭酸ガス濃度を1分間で20% ずつ徐々に上げ、5分間で100%にもっていく」方法、または酸素を加える方法であり「炭酸ガス:酸素(6:4)の混合ガス(加湿をすると良い)を容器内にいれ、動物が意識を喪 失したところで炭酸ガスを100%に上げる」を提案する。動物は炭酸ガス安楽死専用容器にケージごとまたは直接入れてから、炭酸ガスまたは酸素との混合ガスを送る。100%に達したのちは、少なくとも10分はこの濃度のガスを流し続ける。

この場合、死亡の第一の原因は酸素欠乏であるために、死後変化として血液ガスの変化とともにほかの組織に対する低酸素血症による影響を考慮する必要がある。 

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 AVMA米国獣医学会「安楽死に関するガイドライン」は炭酸ガス方法の「欠点」と「推奨」について次のように示しています。 

欠点―

(1)CO2 は空気より重いためチャンバーに十分な量を満たさないと、よじ登ったり、頭部を高濃度帯よりもたげて、曝露されない場合がある。

(2)魚類、穴居性及び潜水ほ乳類などの動物種は、極度のCO2耐性を有する。
(3)爬虫類や両生類は呼吸速度が遅く、CO2の使用は不適切である。

(4)CO2の曝露による安楽死は他の方法よりも時間を要する。

(5)低濃度(80%未満)で意識消失を導入する場合、肺及び上部気道に障害を生ずる場合がある。

(6)高濃度のCO2はある種の動物には苦痛である.

 

推奨―

二酸化炭素は動物種によっては適切な安楽死である(付表1,2)。チャンバーへのCO2 流量を正確に調整できる点から、ボンベに詰められた圧縮CO2は唯一推奨されるものである。ドライアイス、消火器あるいは化学反応(中和剤など)などをCO2の供給源としてはならない。異種動物は厳密に種別に隔離し、チャンバーの容量に注意する。チャンバー内の動物には、少なくとも1分間にチャンバー容量20%以上を置換する流量が最適である。予めチャンバー内に70%あるいはそれ以上のCO2を満たして置くと、苦悶を生ずることなく速やかな意識の消失が導 入できる。臨床的に死亡が確認された後、最低1分間はガスを流し続ける必要がある 。動物をチャンバーより取り出す前に死亡していることを確認することが重要である。その動物が死亡していなければ、昏睡状態のまま、他の安楽死の方法を用いる。

 また付表2、適切な安楽死の方法ーその特徴と作用機序「効果、その他」では「効果的ではあるが、幼若動物や新生動物では時間がかかる。」とあります。

 これらの記述は、炭酸ガス殺処分方法が決して専門職が必要なく難易度の低い方法とは言えないことを示しています。

 

 2010年5月24日、朝日新聞デジタルでは電殺機を用いた方法、炭酸ガスを用いた方法について次のように記しています。

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 獣医師が、大きな剪定(せんてい)ばさみのような器具で豚の腹を左右から挟み、電気を流した。「豚は一瞬、金縛りのように硬直して、これまで聞いたことのない、悲鳴のような鳴き声を上げた」

 排泄(はいせつ)物が防護服に飛び散り、マスクをしていても、強烈なにおいがした。息絶えるまでに、1~2分。「つらい時間だった」

 獣医師は電気を通すとき、一呼吸置いて、逃げようとする豚を器具でしっかり押さえた。本来なら、動物の命を助ける仕事。「苦しめないように、せめて短時間で済ませようとしていたんだと思う」。1頭を処分するたびに、獣医師は汗だくになっていた。

 農場主の男性は、畜舎の外で座り込み、ぼうぜんとした表情で作業を見ていた。県職員が豚の扱いにてこずっているのを見ると、豚の追い込みを手伝ってくれた。「農場主には、豚もおとなしく従った。それが切なくて……」

 午前中は50頭を処分するのがやっとだった。食欲はわかなかったが、体力を保つため、弁当をかき込んだ。

 午後は効率を上げるため、二酸化炭素による殺処分に切り替えた。2トントラックの荷台に豚25~26頭を乗せ、シートをかぶせてボンベからホースでガスを送る。10人がかりでシートを押さえた。しばらくすると中で豚が一斉に暴れて、鳴き始めた。シートを突き破ろうと当たってくる豚を、必死に押さえた。シャツも下着も、汗でぐっしょりぬれていた。

 午後6時半までに処分したのは約300頭だった。

 発生農場での防疫作業を一刻も早く終わらせることが、感染拡大の阻止につながる。「見たくないし、聞きたくないが、目をそらすわけにはいかない」と男性は語った。

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日本獣医師会による口蹄疫現地防疫業務支援のための獣医師派遣に参加して 淺沼健太 (元JICA専門家)(2)豚に対する処置では

ア 炭酸ガス殺

フォークリフトに装着した移動用大型ケージに豚を6~10頭追い込み、リフトを持ち上げて4.5t積の産業廃棄物処理用特装車に落とし込む。(この直前に特装車の後部ゲートがロックされていることを確認しないと豚の蹄が間に入り込みガス漏れの原因となる.)

豚が30~50頭入った時点で上部をブルーシートで覆い、ガス注入初期に炭酸ガス吸入によって惹起されるアシドーシスによる騒乱時の豚の飛び出しを防止させるために最低四隅を補助作業員にしっかりと押さえさせ、30kgボンベから直噴ノズルを使用して炭酸ガスを注入する。湿度の高い日ではノズルがドライアイスで詰まることがあるので、音が変わったならばノズルを取り出し叩いてドライアイスを除去し、ガス注入を再開する。豚の鳴き声や呼吸音に注意してガスが効いていない個体を発見したならば、その個体目掛けて集中的にガス噴射して確実性を増す。ボンベのガスが最終に近づけば噴射音が乾いた音に変化するので噴射を止め、シートを密着して豚が呼吸しているかどうかを確認する。4~5分して、ボディーの周囲を手で触診して豚の呼吸振動・体温等を確認し、呼吸振動が感じられず、かつ体温低下が確認されればブルーシートを外し、四隅を内に折込み、シートが走行中飛ばないようロープを掛けて発車さす。ボンベを1本使っても蘇生した豚がいる場合には荷台の中に入りパコマ30ml の後大静脈注射にて安楽死させる。

イ 電殺・薬殺併用法

豚6~10頭をパネルで囲んだ空間に追い込み、340Vの鋏式電殺器で頭部を挟んで気絶させ、更に心臓部と背部を挟んで心臓に電撃を加える。気絶しただけの個体(半数から6 割)はカテラン針を装着した30mlシリンジでパコマ30mlを豚の肘直後の肋間から後大静脈に挿入し薬殺させる。

死亡が確認されればローダーを使ってトラック(通常ガス殺後の荷台のスペースに重積)に積み込みブルーシートで覆いロープを掛けて搬出。

300kgを超える大型個体は危険防止のため予めマフロパン2mlの筋肉注射で沈静化させてから電殺を行う。雨天等で電殺が不可能な場合はトラックのブルーシートの上を移動用ケージの底で押さえて飛び出しを防止した上、安全な場所からノズルを差し込みガス殺する。

  哺乳豚はフレコンに入れ荷台に籠等でスペースを作り育成豚に踏みつぶされないようにしてからガス殺する。

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 これらの記述を見る限り、電殺機を用いる方法、炭酸ガスを用いる方法は極めて凄惨であり、安楽死上の問題が多いと言わざるを得ません。一頭一頭配慮しつつ対処しなければならない動物福祉上の動物の扱いに比べて、炭酸ガス殺処分方法はまとめて大量に、そのために粗雑にしかも多少の犠牲のみならずまとめて苦痛を与えることさえ厭わない現在の殺処分のあり方は極めて不適切なあり方です。こうした状況を解決するためには宮崎県口蹄疫での殺処分作業のどこに問題があったのかを研究者、現場の実施者、そして動物保護団体を含め徹底的に検証する必要があります。AVMAガイドラインは安楽死に際して困難な状況が生じている場合でも「 動物の生命を奪う際には、可能な限り疼痛あるいは苦痛を最少限にするよう、個々の責任として求められている倫理的な基準を引下げたり、矮小化してはならない。」としています。

 OIE規約Article 7.6.5. (7.6.5条) 抜粋殺し方の要約図でも炭酸ガス殺処分方法は、動物福祉の観念から見て不適切な状態として「失神への導入が遅い・導入を嫌悪する」ことがあるとしており、動物福祉の観点からは炭酸ガス殺処分方法は「難易度が低い」方法というよりもむしろ反対に「難易度が高い」方法と言えます。

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 また鎮静剤投与についても、鎮静剤接種の仕方、あるいは殺処分方法以前に、鎮静剤自体が投与されないために生じる悲惨な事例が報告されており、東北大学における動物実験等に関する規程とその解説「動物実験に用いられる代表的な麻酔薬と鎮痛薬」では

  • ブタは繊細な動物で興奮しやすい性質があり、物理的拘束が困難である。よって、全身麻酔を行う際に麻酔前投薬を投与することによって麻酔の導入を容易にし、ブタのストレスを軽減させることができる。

  • 大量の注射薬(10ml 以上)を筋肉内投与する際にシリンジと針を延長チューブでつなぎ、ブタの筋肉内に針を刺し、ケージ内で拘束せずに投与する方法は有用である。

  • ブタの静脈内注射の最も簡単な方法は耳の静脈からであり、確実に血管を確保するために留置針を留置することが望ましい。

とあり、テレビを通して私たちが目にするワクチン注射時の痛みによる動物が暴れる状況を緩和するためにもシリンジと針をサフィード延長チューブでつなぐこと、針は一頭毎に交換すること、動物に痛みがない注射技術と取扱技術、動物が恐怖を抱かない環境の確保や人道的取扱いの配慮及び知識・技術、そしてこれらのマニュアル化と演習が必要と思われます。

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 繊細な豚の性質、興奮すると鎮静剤が効かなくなること、興奮すると炭酸ガスが意識を消失させる前に酸欠によって窒息死の苦痛をもたらすこと、一頭の興奮が他の動物の興奮を引き起こすこと、成長区分で炭酸ガスの効果が異なること、炭酸ガス濃度の相違や投与時間により効果が異なることなどを考慮し、必ず鎮静剤投与を実施すること、動物が酸欠とならないよう科学的根拠に基づき実施すること、科学的根拠が提示できない場合は麻酔薬により意識を消失させた後に実施すること、-79℃の噴射式スノーホーンが豚を怯えさせ、または苦痛を与え、興奮させ酸欠が生じていないか科学的に立証することなどが必要になります。また炭酸ガス殺・電殺方法の安楽死上の留意事項を熟知した専門職を現場毎に配置することは必須であるように思えます。

 

 以上のことから、国及び都道府県は、これまでの炭酸ガス殺処分方法・電殺方法の動物福祉上の問題点を検証し、改善方法を明らかにしていただくとともに、安楽死に関する動物福祉上の専門的知識を有する専門職を現場毎に配置できるよう、その実働演習を実施するよう、また国民が安楽死方法の確認と検証を行えるよう制度を整えていただくことをお願い申し上げます。

 

以上 「口蹄疫殺処分における消毒薬使用の廃止、麻酔薬導入の要望」

 

 

 

 

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